37歳で長男を出産して以来、39歳で長女、40代で次女と、3人の子どもを高齢で育ててきました。
39歳で長女を妊娠中、2歳の長男を外遊びに連れていくことができませんでした。
お天気のいい日、元気いっぱいの長男が「こうえん!こうえん!」と訴えてくる。でも体がいうことをきかない。
罪悪感と体力の限界が、同時にやってくる。
これが高齢育児の、だれも教えてくれなかったリアルでした。
40代で次女を妊娠中には、上の子2人が夏休みまっただ中。送迎つきの一時預かりに頼り、ベランダプールを部屋の中から見守りながら、「これでいい、これしかできない」と自分に言い聞かせていました。
あれから10年以上。長男は17歳、長女は15歳、次女は12歳になりました。
振り返れば笑えるエピソードも多いけれど、あの頃の体力的なしんどさは本物でした。
この記事では、高齢育児を乗り越えてきたわたしが、体力の壁とどう向き合ってきたかを正直に書きます。今まさに奮闘しているママに、少しでも「わかる」と思ってもらえたら嬉しいです。
高齢育児で体力的にきつかったこと、正直に書きます
帰り道の数十メートルが、長かった
外出先からの帰り道、車の中で2人とも寝てしまったことがありました。
借りていた駐車場から自宅まで、距離にして数十メートル。若いママなら何でもない距離です。
でも40代の体に、2人同時の抱っこは無理でした。
仕方なく長男を起こすと、当然グズります。眠くてぐずる2歳児の手を引きながら、長女を抱っこして歩く。
数十メートルが、果てしなく長く感じた瞬間でした。
「若かったらできたのかな」なんて考える余裕もなく、ただ玄関までたどり着くことだけを考えていました。
幼稚園の洗礼、しかも全員分
幼稚園に通い始めると、感染症のオンパレードが始まりました。
1人がもらってくると、順番に全員にうつる。子どもたちの看病をしながら、自分にもうつる。
発熱しながら、子どもを病院に連れていく。
「しんどい」を言える相手もなく、動くしかない日々。あの頃の記憶は、今でもくっきりと残っています。
若い体なら多少の無理も回復が早い。でも40代の体は、正直です。疲れは翌日に、いえ翌々日まで残りました。
実母と同居していて、本当によかったと思った瞬間
高齢育児の体力問題を語るとき、わが家には大きな味方がいました。
同居していた実母の存在です。
正直に言うと、同居生活はいいことばかりではありませんでした。毎日のストレスや葛藤については、こちらの記事に赤裸々に書いています。
→実母が嫌いということは、いけないことなのか?同居娘の本音
それでも、体力的にしんどかったあの時期、母の存在に何度も救われたのも事実です。
つわりで動けない時
妊娠中のつわりがひどい時期、上の子の世話を母に任せられたことは本当に助かりました。
トイレと布団を往復するだけで精一杯の日も、子どもたちの食事やお風呂を母が引き受けてくれた。
「寝ていていいよ」のひと言が、どれだけ救いだったか。
若いママでもつわりはつらい。でも上の子がいる状態での妊娠中のつわりは、横になることすら罪悪感を感じるものです。実母がいたからこそ、体を休めることができました。
子どもが入院した時
子どもが入院となった時も、母の存在が支えになりました。
入院中の子どもに付き添いながら、残りの子どもたちのことが頭から離れない。そんな時、自宅で母が子どもたちを見ていてくれる安心感は、何物にも代えられませんでした。
「家のことは任せて」という存在がいるだけで、こんなにも違う。
高齢育児は体力との戦いでもありますが、「頼れる人がそばにいるかどうか」が、実は一番大きな差だとわたしは思っています。
高齢育児だからこそ持っていた、意外な武器
体力では若いママに勝てない。それは正直に認めます。
でも高齢育児には、若いママにはない強みがあるとわたしは思っています。
同年代の友人が「子育ての先輩」だった
30代後半〜40代で子育てをしていると、同年代の友人たちはすでに子育て経験者であることが多い。
これが想像以上の心強さでした。
「うちもそういう時期あったよ」「そのうち終わるから大丈夫」という言葉は、育児書には載っていないリアルな経験談です。不安な夜に友人からもらったアドバイスに、何度救われたかわかりません。
焦りや不安を「あるある話」に変えてくれる友人の存在は、高齢育児ならではの財産でした。
医療の知識と、相談できるドクターがそばにいた
医療機関で長年働いてきた経験も、育児で大いに役立ちました。
子どもが熱を出しても、症状をある程度冷静に判断できる。いざという時に相談できるドクターが身近にいる安心感は、育児中の不安を大きく和らげてくれました。
「知識」と「つながり」は、年齢を重ねた人間の最大の武器です。
人生経験が「まあいいか」を生む
20代・30代前半での育児なら、もしかしたらもっと不安だったかもしれません。
でも40代には、それなりの人生経験がある。仕事でも人間関係でも、修羅場をくぐってきた経験が「これくらい何とかなる」という感覚を生んでくれます。
完璧な親でなくていい。今日できることをやればいい。
そう思えるのは、年齢を重ねてきたからこそ、だとわたしは思っています。
それでも、あの日々はかけがえがなかった
体力的にしんどくて、子どもたちと一緒に泣いたことも、一度や二度ではありませんでした。
「なんでこんなに疲れるんだろう」「もっと元気なお母さんだったら」と思った夜も、たくさんありました。
でも今、スマホの待受画面には当時の幼い子どもたちの写真が並んでいます。
見るたびに、癒される。
あんなにしんどかったのに、なぜか笑顔になれる。
それが答えなのだと思います。
体力では若いママに勝てないかもしれない。完璧な育児なんてできなかった。一時預かりに頼って、ベランダから子どもたちを見守って、発熱しながら病院に連れていった。
それでも。
あの幼かった子どもたちとの日々は、かけがえのないものでした。
今まさに高齢育児の体力の壁にぶつかっているママへ。
しんどくて当然です。泣いていい。頼っていい。
そして、今この瞬間も、きっとかけがえのない日々の中にいます。
